都市伝説という社会問題

都市伝説という社会問題

 

 近年になって浮上してきた問題にいわゆるデマというものがあります。正確にはもっと以前から存在したわけですが、デマの流れるルートにSNSYou Tube等が加わったことで可視化される率が高まったということなのでしょう。

 これらのデマのうち、いわゆる都市伝説と呼ばれるものの弊害は、それを信じる人々が善意から社会に害悪を与えようと行動することとして表面化してきました。反ワクチンなどは典型例で、ワクチンを接種しないことを家族に強制したり、接種会場を襲撃するなどに至る人々がいたことは記憶に新しいことでしょう。

 

可視化された問題

 反ワクチンで目立った活動家がいわゆる「Q」を名乗っていたこともあり、一般にも知られるようになってきましたが、いわゆる「Qアノン」系を陰謀論団体と呼ぶのは、その信条のベースに都市伝説(デマ)を据えているからです。

 信条のベースに明らかに都市伝説を据えている集団としては、代表的なものにもちろん本家Qアノンがあります。米国共和党のトランプ一派ということもできます。政策提言にディープステイトという言葉を盛り込み、自国政党の民主党に流された悪質なデマを事実とするなどして議会をストップさせるに至っています。

 他にも国内では参政党がありますし、地方議会には反ワクチンを公約に掲げた議員が幾人も当選しています。さらには右派、左派双方とも両極に振れた政党になるほど支持者にも議員にも陰謀論者が多数含まれていることが観測できます。

 現在、日本、海外、さらには右派、左派を問わず、信条のベースに都市伝説を含む団体が可視化されるのみならず、政治団体として力を持ってしまっている現状が世界中にあるわけです。

 

全体の数パーセントが目覚めることで……

 「人類全体の数パーセントが目覚めれば社会が変わる」とは陰謀論者やスピリチュアルの人々がよく口にする言葉です。彼らはアセンション(次元上昇)が起こるなど超常的な意味合いでそれを言っていますが、実際の選挙制度でも数パーセントが同じ動きをしてしまえば政権は変わってしまうことは見逃してはいけないでしょう。

 米共和党でもトランプ派の議員は少数ですが、投票数で過半数を獲得するために彼らの同意が必要になってしまっており、共和党は過激な主張を盛り込まざるを得なくなっています。右派と左派が拮抗する状況で大統領を選ぶような制度になっている国において「目覚めた」人が一定数を超えたなら陰謀論者が選ばれる可能性も高いということになります。

 現状で力を持っていないため見過ごされていますが、日本では首相経験者である鳩山由紀夫が熱心な陰謀論者です。このように陰謀論で世界が動いてしまうことは過去にもあったし、未来にも十分にありえると言えるでしょう。

 

陰謀論と都市伝説とオカルト

 これまで陰謀論と都市伝説をあえて混同して使用してきたのは、その境界が実に曖昧であるからです。語られている論そのものよりも受け取り方の違いが、エンタメとしての都市伝説と政治的陰謀論を分けるものであるという言い方ができるでしょう。

 それは論のもっともらしさで悪影響を測れないという問題を生んでいます。例えばマッドフラッド論などは、泥の洪水で超文明が沈められたというバカバカしいものですが、これを信じている人はなぜか多くの場合Qアノン系反ワクチンに接続しており、かなりの悪影響がある論なのです。

 グレートリセットやネサラゲサラなどは逆にストレートに悪影響のある論ですが、これはロスチャイルド陰謀論の枝葉としてエンタメとする向きもあります。

 ゲートウェイドラッグではないですが、パワースポットめぐりなどのスピリチュアルや、化学調味料が体に悪いなどの自然派、闇の世界政府存在論などの都市伝説、霊媒や悪魔などの軽いオカルトが入口でも、本気で信じ込んでしまえば陰謀論者になってしまうということは観察して分かる通りです。

 つまり、それらをエンタメとして扱っているYouTuberにも責任の一端はあるでしょう。あくまでエンタメとしての都市伝説を主張していようと、それを真実だと信じさせない工夫が必要であり、できる限り悪影響を及ぼさないような配信を心がけない限り、政治系デマを流すYouTuberとの差はないと言える状況になっているということになります。

 現に某都市伝説系YouTuberが収益化を止められたことを嘆く動画で、有名な反ウクライナ陰謀論者のチャンネルをBANしたYouTube運営を非難し、自分たちのしていることを「国際情勢について考える切っ掛けになるのだから無下に切り捨てるな」と語っていたことがありました。害のある陰謀論と自分たちとの切り分けについて深く考えていない証明とも言えるでしょう。

 怪談界隈もスピリチュアルと結びついていることは以前に書いた通りです。心霊スポットやパワースポット巡りくらいは大丈夫でも、霊媒師や占い師に高額を払うことや、終末予言、アセンションまでいくと陰謀論との接続可能性は非常に大きくなっています。霊が見えると主張しているYouTuberなどはもう片足を突っ込んでいると言えるでしょう。

 

正義の対極にあるもの

 陰謀論と政治の結びつきはもう見てきた通りなのですが、これは陰謀論にスケールが大きいものが多い(世界政府だの宇宙意思だの)ことと、基本的には弱者が一発逆転を夢見るための妄想であることから来る革命志向によるものです。

 卵が先か鶏が先かではないですが、多くのポピュリズム権威主義の研究では政権が権力奪取のためにこれを用いたという論調になっています。つまり、権力志向の政治家や軍人がおり、これが独裁者になるために大衆の陰謀論を利用したという図式です。

 この図式を描いてしまうのは、まがりなりにも政権を奪取する者なのだからそれまではまともであろうし、彼らの多くは選挙時に汚職の一掃などポピュリズム的公約を掲げているため、「大衆の不満をうまく利用したのであろう」、そしてなにより「大衆の大半は陰謀論を信じる程度には愚かであろう」というバイアスがかかっているからではないでしょうか。

 私は権力者に陰謀論を信じる素質があった、あるいは最初から陰謀論者であるという視点を排除してはならないと考えます。多くの人は直感的にそうは考えないでしょうし、自分が気に入らない相手を陰謀論者のように愚かだと断定してしまうことを恥だと思うでしょう。しかし、これは「相手が理性的な利害関係判断に基づいて行動している」という誤謬を招いてしまっているのではないでしょうか。

 ネットで一時流行り、現在でも信条にしている人が多い「正義の対極にあるのはもう一つの正義」という言葉があります。ですが、現実に陰謀論者を見てみれば、彼らが正義と信じているものの根拠が虚偽であるならまだましで、敵対勢力の殲滅が含まれていることさえあります。大きな対立がある場合、「互いに信じる正義のために」とか「利害関係のみで行動する」以外の行動規範があるとは信じないでしょうが、それは確実にあるのです。

 

陰謀論者との対話

 陰謀論者と対話ができないことを経験している人はそれなりにいるでしょう。身内にいたとて説得できないことは多く、たくさんの悲劇が生まれています。今年はそれが全般的で根源的な問題だと表面化した年だったと思います。

 我々は多くのポピュリストや活動家、さらにはドナルド・トランプ鳩山由紀夫の言葉を毎日目にしています。知性も地位も陰謀論者でないことを担保してくれません。あらゆる階層で、右派左派、差別反差別、宗教無宗教を問わず陰謀論は転がっています。陰謀論者との対話は必須なのです。

 しかし、陰謀論者とどう対話すべきかは、いまだ誰も達成していない古くて新しい問題なのではないでしょうか。遡って考えれば、それこそ陰謀論者が絶対悪と規定しているナチス陰謀論者が選挙により政権を握った実例ですし、現在ではロシアや中国の行動を道理や国の利益で説得することを達成できていません。

 頑なに世俗化しない宗教も同様の構造を内包しています。古来からの解決できない問題が陰謀論として噴出したのが現代ということなのでしょう。

 

大衆は賢いと信じる

 とはいえ喫緊の陰謀論への対処は個々人が陰謀論に陥らないことくらいしかないでしょう。オカルト関係の趣味人たちには自制が求められますし、政治や社会問題についてはデマを鵜呑みにしない熟慮が求められます。

 まして、この話を読んで「愚かな陰謀論者が世の中にたくさんいる」という考えになってしまったなら、それこそが陰謀論です。

 陰謀論は「真実を知る少数派と騙されている多数派」や「今後訪れるある瞬間にすべてが終わり生まれ変わる」という構造を持っており、今現在苦しんでいる者たちへの福音として機能しています。その特性を持つ政治運動を避け、また自分がその構造を持つ考えに染まらないように動くこと。そのためには、まず大衆の賢さを信じることこそが誰にとっても必要になってくる心構えなのではないでしょうか。そうでないと「有力者がデマを利用しているのでなく自身も信じ込んでいる可能性を見逃してしまう」か「一部支持者の過激な要望に政策を乗っ取られる」ことになってしまうのですから。

 いずれにせよ、世界が陰謀論で動くことが減っていくように願います。