Jアノンの現在地

 現在進行形の陰謀論として「日本におけるトランプ支持者たちが噂話をどうとらえたか」を追うことからはじまった一連の日記ですが、Qアノンの日本版、Jアノンと呼ばれる現象の現在地を記してひとまず終了しようかと思います。

 なお本文は個人や団体、陰謀論そのものを揶揄することが目的ではありませんが、筆者は陰謀論に懐疑的な立場であることを断っておきます。故に削除、訂正には応じます。登場される方々の敬称は略させていただきます。

 

予備知識

 Qアノンとは米国の匿名掲示板への投稿から始まったムーブメントで「米民主党系の政治家やユダヤ系の銀行家、リベラル系文化人の多くが秘密結社(ディープステート)のメンバーであり、それと対決するために市民たちに結集を呼びかける」というものです。2017年10月に『4chan』という米国の匿名画像掲示板に出没した“Q”が「自分は政府の機密組織にアクセスできるメンバーである」として上記の主張を行い始めました。

 4chanはよくある解説では2ちゃんねるとの関連を謳われますが、精神的には日本の『ふたばちゃんねる』(アドレスは2chan)の直系です。その特殊な精神性はQアノン運動にも強い影響を与えていると考えられるのですが、それは別項が必要になるので、ここではおいておきます。米国ではその後、各種掲示板にQが出現し、匿名ながら信憑性を伺わせる書き込みで強い影響力を発揮するようになりました。Qはトランプを対ディープステートの大統領であるとしており、トランプ自身がQアノン関連の投稿をSNSで拡散したことでムーブメントはますます信憑性を高めます。

 しかし、そのムーブメントはトランプ敗戦となった選挙後に、彼らの想定する『嵐』(ディープステート関係者の大量逮捕を示す)に繋がる予言が現実には行われなかったことで急速にしぼんでしまったことは1月11日にまとめた通りです。

 

日本における初期Qアノン

 日本において最初にQアノンを名乗ったのは、おそらく『QArmyJapan』(後に改称し『QArmyJapanFlynn』)でしょう。元国家安全保障問題担当大統領補佐官を勤めたマイケル・フリンより日本においてQアノン活動を公認されているとし、ホワイトハウスやQアノン系著名人のTwitterもフォローしていました。日本では雑誌『フライデー』に次のように紹介されています。

friday.kodansha.co.jp

 しかし、この集団は「反安倍政権、反創価学会、反ワクチン、反5G、反集団ストーカー、反税金、ゲマトリア等数字語呂合わせの使用、反対者の工作員認定」などカルト的主張のほぼすべてを網羅し、内容が定かでない内部分裂の後、関係者のTwitterのほとんどが凍結されるという事態を迎えます。凍結の原因は米国におけるQアノンたちとの交流が理由でしょうから、彼らこそ日本における本物のQアノンだったと言えるでしょう。最初にして最も過激だったというわけです。

 

右派論壇のYouTubeチャンネル

 一方、そこまで過激でないもののJアノン運動に参加する人々はYouTubeを情報源として、それらをTwitterで拡散することで活動しています。各地でデモも行われており、その様子は記事になっています。

www.dailyshincho.jp

 この記事でも大筋はわかるのですが、彼らが見ているYouTubeを紹介することで、さらに深く見ていくことにします。まずはデモ主催者側に近い右派文化人のYouTubeチャンネルから見ていきましょう。

 軍事系のジャーナリスト“水間条項”、“篠原常一郎”。デモでも演説を行った幸福の科学の“及川幸久”。右派論壇誌『WiLL』執筆者からは“馬渕睦夫”、“深田萌絵”。いわゆるN国(旧NHKから国民を守る党)系から“くつざわ亮治”、“石川新一郎”。デモの中核である統一教会サンクチュアリ協会に親しい“我那覇真子”。バックボーンは様々ですが、いわゆる右派論壇で活動している方々が中心です。衛星放送『チャンネル桜』や百田尚樹チャンネルへの出演者が多いことなども共通しています。これら古典的右派がJアノンを導いていることは間違いありません。が、それだけでない広がりがこの現象には存在します。

 

YouTuberのチャンネル

 続いて匿名のいわゆるYouTuberのチャンネルです。そのバックボーンは元ゲーム実況者からおそらく匿名の右派論壇関係者まで様々です。“闇のクマさん”、“BBニュース『時事.政治.国際問題』”“kapaa!知恵袋”、“妙佛 DEEP MAX”、“なんでもニュース女子”、“光の地球連邦ニュース”などがTwitterでよく参照されています。
 アップされている動画は、いずれも百万再生まではいかないものの数十万再生はされており、見ている層の人数が伺えます。「確実な情報があって勉強になる」などと熱狂的な反応が見られるのが特徴です。

 

チャンネルの共通ソース

 ところがそれらのチャンネルにおいて、その主張はかなり似通っています。日本国内で一次情報が生まれない以上、話題のほとんどが米国からの輸入になるためです。トランプの側近とされる弁護士“リン・ウッド”(日本ではリンウッド表記多数)やQの中枢にアクセスできると主張している英国人“サイモン・パークス”などからの情報が大半です。Qアノンの主張がそのまま反映されていると言っていいでしょう。

 もうひとつの情報源は反中国共産党のメディア『大紀元』です。米国に拠点があり、トランプ支持で有名で、その主張もかなり反映されているようです。前掲の記事に「デモにおいて比率は変わるものの中華色がある」とされているのはこのためでしょう。特に“張陽”、“鳴霞”が中華系の二大巨頭で、右派文化人からYouTuberまでこの二名の発言をかなり参照しているようです。

 

ソースの中身は

 彼らが参照している一次情報を見てみましょう。それはリン・ウッドが真正のものだから見るべきと主張した動画(YouTubeからは削除されている)『Q - The Plan to Save the World by JOE M』から確認できます。

「世界は銀行システムが設立した時点で、犯罪傾向を持つ秘密結社にシステムごと乗っ取られました。それこそディープステート、あるいはカバールと呼ばれる集団です。過去、米国政府内からそれに反対する動きもありました。ケネディレーガンです。彼らが暗殺、暗殺未遂と狙われたのはそのためです。現在カバールに抵抗するのはNSAアメリカ国家安全保障局)で、トランプを大統領をトップに作戦を進めています。その作戦は『嵐』と呼称されます。カバールの大量逮捕です。カバールの傘下にいるのは北朝鮮、IS、議員や有名人など多数で、彼らの逮捕により人類が解放される『偉大なる覚醒』がはじまるのです」

 これがQアノン思想の中核です。

 現実的でなく、矛盾もしている話ですが、一見するとしっかりしている右派文化人のYouTubeでも、この説は否定されていません。さらに同一ソースからでてきた不正選挙、ローマ教皇逮捕などという説も肯定されており、いわゆるJアノンは所属集団は違えど、統一された陰謀論で動いていることがわかります。

 

情報をさらに掘る

 では、彼らが統一ソースとしている人々の主張の細部を見てみましょう。

 多く引用されるサイモン・パークスは、「自分は英国人でありながら、Qにアクセスできる数人のうちの一人だ。Qは四人の人物と量子コンピューターのユニットである」と主張しています。さらには「プロジェクト・ルッキンググラスという宇宙人の未来予知テクノロジーを使用した作戦がある」とまで言っています。

 この量子コンピュータという話は張陽も紹介しており、かなり信じられているようです。さらには通貨制度が量子コンピュータによる金融システムによって変貌するという説が真面目に語られています。“ホワイトハット”なる集団がそのプロジェクトを担っていたと主張し、本も出版しています。そのプロデューサーが“望月龍平”で、人工地震説や原爆投下の陰謀などを語っている古典的陰謀論に染まっている人物です。

 さらに怪しい人も登場します。石川新一郎、及びBBニュースはワシントンからメッセージを受け取ったとしていますが、この送り主が“ベンジャミン・フルフォード”(現在、古歩道ベンジャミン)であるようなのです。彼は本当に大量の陰謀論本を上梓している界隈の大物で、イルミナティ、ハルマゲドン、経済崩壊論などあらゆる陰謀論に顔を出す人物です。

 加えてQアノン情報の翻訳者に“佐野美代子”。スピリチュアル系の活動家で、引き寄せの法則を広めた『ザ・シークレット』を翻訳している大御所です。彼女はリン・ウッド、サイモン・パークスなどの翻訳はもちろん、「ディープステートの地下秘密基地を見た」と主張する元米海軍“ジーン・デコード”や前述のホワイトハットなどを紹介し、レプティリアン、光の銀河連合など先日の日記で紹介した現代スピリチュアルとQアノンの活動を関連付けています。

 Qアノンに連なる情報を掘っていくと、古典的陰謀論、現代スピリチュアルなどに行き着きました。これを日本だけの特殊事情と見るわけにはいきません。Qアノンの大本の主張に、すでに古典的陰謀論が入り込んでいるのです。

 

Jアノンとは

 ここまで見たきたことからわかる通り、情報を掘っていくと「Qが本当は存在しない」ということがわかります。最初の投稿こそ存在したかもしれませんが、それはある種の悪ふざけであったということなのでしょう。騒ぎになった後に表面化したのは、古典的陰謀論者に乗っ取られたQの姿でした。米国要人さえ信じてしまったのは、要人同士が互いにQであると疑ったためか、ムーブメントを自陣営に有利なように使おうとする動きゆえのことでしょう。さらに大本のQアノン自体が、反中国共産党大紀元を中心とする中国国外の民主化勢力によって利用されていることも影響しました。それらの動きが日本国内で結びついたのがJアノン。陰謀論の寄せ集めが反中国共産党で団結した姿です。

 

今後の展望

 今後の政治系陰謀論においてこのムーブメントが無視されるはずはなく、私のようなオカルト好きからのウォッチは終わることはないでしょう。しかし、その主張の中核部分の非現実性と古典的陰謀論者たちによる乗っ取りにより、このJアノン運動が長く続くはずはなく、右派論壇の人々は順次手を引いていくものと考えられます。

 記憶しておくべきなのは、米国大統領がこれをかなりの部分まで信じたであろうこと、そして信じていないにせよ、今後とも利用する気であることでしょう。さらに、陰謀論を切り離したとて、彼らが悪であると断じた「BLMに代表される過激派の暴力を容認し、人権や平等を謳いながら全体主義を称揚し、多数派への差別を行う左派」というイメージは、一般の人々の中に残り続けるということが重要です。

 これからの時代における政治対立は、「Jアノンが断じた悪は誰の中にもあり、それを政治がどう扱っていくのか?」に焦点があるように思います。陰謀論が一部のコアな人たちだけのものになったとて、その投げかけてくるものは誰もが考えなければならぬ問題のようです。

 

追記:文中“人物名”を検索すると該当人物のYouTubeTwitterなどへ行き着けます。