ふたたび日本のQアノンについて(前編)

 以前、日本のQアノンとして『QArmyJapanFlynn』を紹介しました。あれから一年以上過ぎ、その後の状況も変化しましたので、少し触れてみたいと思います。ただ個人的な意見も多々入り込んでしまうでしょうし、Qアノンについては他のウォッチャーや研究者の方々も出てきていますので、陰謀論については多方面から情報収集されることをおすすめします。微力ながら研究者の方に協力できればと思い、クラスタ化する際に参考になりそうなワードも記しておきます。

 記事執筆の大きな動機は、Qアノンが日本における陰謀論の中核として居座る可能性が出てきたこと、そして当該HPで発見した“目覚めた”方の文章が皮肉抜きで“名文”だったためです。それが見事であればあるほど、非常に典型的な陰謀論への入り込み方を示しており、「なぜ人は陰謀論に染まってしまうのか?」そして「そうならないためにはどうしたらいいのか?」という問いにひとつの答えを出すものではないかと思えたからです。

 前段として反ワクチンとして一般化してしまった陰謀論について。そしてQアノンが日本陰謀論の中核になり得る可能性にについてを書いていきます。投稿は二回に分けて行うことになります。

 

その前に『神真都Q』のこと

 昨今の日本におけるQアノンの活動といえば『神真都Q』です。反ワクチンにおける過激な活動とインフルエンサーへの集金の組織化が話題となり、そのエスカレートが現在進行系であることなどから批判、分析の記事も多く出ています。雨宮純様のnoteが参考になるまとめですので、そちらをご覧になると良いと思います。

note.com

 

『神真都Q』はQじゃない?

 すると日本のQは『神真都Q』に統一されたのか、と思ってしまいそうになりますが、『QArmyJapanFlynn』(略称QAJF)はまだ活動を行っていました。該当HPはこちらになります。

qajf.github.io

 ここで2022/1/3の記事として上がっているのが「“Q”という文字を表記したデモ活動を行っている団体は『QAJF』とは無関係」という主張です。このことが『神真都Q』と『QAJF』との対立を示しているわけではありませんが、『神真都Q』の中心人物がQアノンの思想をそれほどしっかりとは取り込んでいないことや、宗教団体のように集金、コミューンを作ろうとしていることなどから「『神真都Q』はQアノンの異端カルトである」と位置づけてよいでしょう。

 

右派論壇は中心ではなくなった

 一方、かつて日本のQアノンたちの中心であった右派のデモはどうなったかを見ていきましょう。その主催者たちは統一した見解の下で団結することはできなかったようです。中心となっていたのは以前の記事で紹介した右派論壇の人々ですが、主催の大規模なデモを行った様子はありません。Qアノンに共感する人々の興味が反ワクチンに移ってしまったこともあるのでしょう。

 それでも馬渕睦夫は昨今、注目された一人です。元駐ウクライナ大使であったという経歴が信憑性を持っているため、ウクライナ侵攻についての彼の見解を述べたYouTube陰謀論者に多く引用されています。

 馬渕睦夫の動画は、現状ではロシアのプロパガンダを肯定し、そのまま拡散するものになっています。もはや様々な意味で彼の危険度は高く、新たな信奉者を増やしている(それはそれで問題である)のですが、彼が中心になって運動が起こっている様子はありません。

 というのも右派論壇でもロシアのウクライナ侵攻によって意見が分かれることになってしまったからです。実に頭の痛いことですが、現在のQアノンの主流見解は「プーチンが光側(スピリチュアル的に正義の意)であり、ウクライナ侵攻は闇のDS(ディープステート)との戦い」というものです。結果、反中国共産党系の右派論壇が過去の自らの発言を裏切るかどうかという判断に迫られたことが見て取れます。

 

中心が複数になったQアノン系陰謀論

 観測する限り、Qアノンの名を掲げた集団は多くありません。地域の知り合いの小集団やネット上でのクラスタ陰謀論の主な担い手です。そのためQアノン系陰謀論であると知らずに信じている人もいるようです。元々が疑似科学陰謀論であったのが、Qアノン系を採用して合流、という様子も見られます。中核に置かれている話題はざっと下記に分かれるようです。

・DS実在論

 「隠れた巨大政府が世界を支配しており、それに抵抗しなくてはならない」という主張です。Qアノンの基本思想であり、トランプが左派敵視したため日本の右派と主張が合致したこと、過激化するポリコレへの反発、などが大きく、日本でも依然として主流です。最近では「ウクライナ政府はネオナチ」など積極的にロシアを善の側であると発信しています。一般に知られている以外では、ホワイトハット、カバール、売電(バイデンのこと)などの用語でクラスタリングできます。

・反ワクチン

 元々は疑似科学代替医療関係の人々が多く採用している陰謀論です。全人類がワクチンを射つべきという風潮が世界支配を連想させたこと、構成集団が疑似科学系とかぶっていたことなどがあり、DS実在論の人々はほとんどが反ワクチンです。一方で自然派と称する化学調味料、食品保存料への忌避感が強い層の反ワクチンはDS実在論とは限りません。しかし、自然派との合流で草の根ネットワークが張り巡らされてしまったこと、具体的に行動が起こせることなどから、Qアノン系とされる人々の興味の中心はこちらに移っており、ノーマスクデモやワクチン接種会場襲撃、反ワクチンビラ配布など小規模なテロが各地で勃発してしまいました。イベルメクチン、空間除菌、などは当然として、なんと、自然塩、でも重なりが大きそうです。いかにもありそうなEM菌とは少ないのが面白いところです。

・スピリチュアルと雑多なオカルト

 スピリチュアルは二元論的な代替宗教として以前から存在していましたので、やはりDS実在論とは一部のみが重なっているに過ぎません。トランプ、プーチン、バイデンなど政治家や要人を光と闇に分類していくのがDS実在論におけるスピリチュアルです。驚くことに、要人の名前+光or闇、でクラスタリングできます。

 スピリチュアルはDS実在論と一部のみが重なるだけなのですが、Qアノン陰謀論の中でも影響力のある思想となっています。DS実在論の中心も「目覚める」という用語を多用していますし、善悪できっちり陣営を分けてしまうことも特徴です。思考のベースが非常にスピリチュアル的なのです。

 ただし表面に出てくる陰謀論は「宇宙人によるDS支配」や「過去の超文明」、「超能力の肯定」、「セレブが人間の血を飲んでいる」などであるため、DS陰謀論の中でも統一見解とはなっていません。それでも内部で議論があるわけではないのですが。

 ゴム人間 アドレノクロム、レプティリアン、フラットアース、マッドフラッド、タルタリア帝国、などでクラスタリングできますが、用語の組み合わせによってはまったく重なっていないパターンもあり、個々人が勝手にやっている側面が伺えます。

 

本家Qアノンに立ち戻る

 このように日本では拡散してしまったQアノンの活動ですが、本家Qアノンの動きを見てみましょう。

www.huffingtonpost.jp

 このように正体が明らかになったと発表されていますが、これはまったくダメージにならなかったようです。そもそもごく初期から噂されていた二人ですので、なにを改めて、というところでしょう。現在の中核投稿者が誰であるのか? それは組織だっているのか? が注目点であるとは思いますが、おそらく「誰もが勝手に中心になれる」のであろうと推測できます。例えば、昨年の5月に米国の退役軍人会から反民主党政権の公開書簡が出され、これがQアノンの主張する選挙違反疑惑に基づいたものでした。政治的に信憑性があると目される立場の人々が公然と陰謀論を語っているわけです。日本では馬渕睦夫が自身の世界観を補強するためにこれを引用しており、説に信憑性を与えてしまいました。米国には日本の元ウクライナ大使が肯定したことのみが伝播していることでしょう。作家としてはシェアード・ワールドの構築にも似ていると考えさせられます。

 

本家に近い『QArmyJapanFlynn』

 本家Qアノンの人々は、米国の右派が主に使用しているSNSである『Gab(ギャブ)https://gab.com/』で活動しています。ネオナチ、白人至上主義、オルタナ右翼など他のSNSを追い出されるような主張の持ち主の安息の地とされています。トランプ本人が開設したSNSは2月末に使用開始ですので、そちらへの移行はこれからであろうと思われます。

 『Gab』は、過去にはなんと未成年ポルノ等、ダークウェブでしか流通しない画像や話題が許されていたため、日本でも一部好事家たちが登録していたのですが、段々とそちらの規制は強化されてしまい、今では日本人はほぼ活動していません。

 しかし『QArmyJapanFlynn』のメンバーは『Gab』に日本語アカウントを持っています。そして、現地での投稿を翻訳して紹介しているのです。

 

『QArmyJapanFlynn』の活動

 そのため『QAJF』の主張は、米国Qアノンのそれの直輸入となっています。その主張は前述のもの以上でありません。

 (引用)QAJFは、社会的に強い立場の人の意見だけがまかり通るような、偏った世の中を変えたいと思っている一般市民の集まりにすぎず、Wikipedia に書かれているような「Qアノン」ではありません。(引用ここまで)

 という自己像を持っていますが、ここで紹介した陰謀論のすべてを下記ブログで扱っています。

qajf.officialblog.jp

 このように『QAJF』はすべて網羅したQアノンなのですが、それだけでなく、積極的に仲間を増やそうとしていることは特徴のひとつでしょう。ポスティングやYouTubeなどでの広報を行っており、「自分で考えよう」「有名人や地位の高い人は悪」「マスコミは嘘」などが思想的中心であるEriというハンドルネームで語られています。

 次回で触れますが、『QAJF』の思想は、権力者への憎悪がベースとなっていることがそのホームページからよくわかります。「自分で考える」ことを推奨しているようでいて、主流の意見に反対することが正しい知性であると考えており、その点で非常に団結しやすいことがうかがえます。

 

これからのQアノン

 つまり「すべての陰謀論を肯定する」存在がQアノンであり『QAJF』である、といってよいでしょう。結果的に成立してしまったこの参加者に優しく平等なシステムは非常に強固なつながりを弱者にもたらすと思われます。

 『神真都Q』は危険なカルトになりつつあるものの、反ワクチンで集まったスピリチュアルや自然派の構成員たちが離れていくことも容易に想像できます。集金やコミューン作りに欲を出してしまった以上、ヒエラルキーの構築に伴う内部抗争は避けられないからです。

 米国Qアノンコミュニティと『QAJF』は長く存続し、各種陰謀論の中核になる可能性が高い。私はそう予想します。もちろん外れるに越したことはない予想なのですが。

 

 次回は『QAJF』の“目覚めた”方の文章を引用し、その思想の魅力と恐怖について書いていこうと思います。