さて、格ゲーの本質とは……! です。いやぁ大きく出たもんで、ちょいと怖くなってきました。まずはこれは師匠であるねぎ先生こと根岸和哉さんの考えでなく、彼が言語化していなかったが自然なプレイができていることに驚いた私が「自分が言語化しなければ!」と勝手に決意したのだとお断りしておきます。なお主に2D格ゲーの話になります。

 
 さて、格ゲーといえばフレームです。詳細な説明はすでに複数の分析がありますので、ご存知でない方はそちらを御覧ください。
 
詳細な解説がある攻略サイト
http://milatrinity.com/?cat=81
 
 ざっとだけおさらいすれば「60分の1秒ごとに画面が切り替わり、その都度入力を受け付けている」ことにより動いているのが格ゲーです。そして、それが最小単位である以上、人間が何フレームでどんな反応ができるのか? が問題になってくる……というところです。
 
 そして反応には複数種類があることもわかっています。ここでは格ゲー用語を使って分類しましょう。
 

  • 単純ガード反応
  • 「二択来るぞ」反応
  • 「上は見えてる」反応
  • 立ち回り反応

 
 単純ガード反応は、技が来たらガードするというものです。レーバー後ろかボタンひとつを敵がピクリとでも動いたら入力するというもの。反応を試すならこのサイトの初級編ということになります。もちろん事前に入力をしておくことは可能なのですが、初心者はこれを反応が必要な入力だと思ってしまいがちです。私もねぎ先生に「水城さん、とっておきのアイデアを教えます。レバーを後ろにいれると、なんとガードできるんです!」とゲーマーによくある煽りをされていました。あれ? 反応の話なのに、反応しなくてよくない? というのが、私の最初の気づきでした。後でこれは意味を持ってきます。
 
 次が「二択来るぞ」です。これはいわゆる中段と下段です。立ちガードとしゃがみガードを見てから切り替えるというもの。もちろん単純ガード反応より格段に遅れます。しかも、これは二択になるとわかっているタイミングでの話。つまりはガードすることは決定している場合での反応であることに留意です。三十代になると遅れてくるので、遅い中段と移動投げを出すとき「三十代!」と叫ぶのがお約束です。
 
 そして「上は見えてる」。こちらはある程度他の入力をしているものの相手がジャンプしてきたら反応するぞと身構えている状態です。いわゆる昇竜拳を入力することは決定しているものの、そのタイミングが敵次第であるうえに、他の入力も継続していなければならない、ということに留意です。ジャンプ攻撃が通ると「上を見てましょうねー」と煽られます。
 
 これらの違いでどれだけ反応速度が変わる(遅れる)のかは先のサイト様でも紹介されているテストをプレイするとわかります。
反応速度テスト
 それぞれeasy normal hardになんとなく対応していますね。
 
 最後が立ち回り。これは相手が何をやってくるかわからない状態です。こちらもなんでも入力できます。プレーンな状態ですね。普通はこの状態を避けるため、どこかを意識する二択を防御では心がけるのがプレイの指針となります。初心者ほど何でもできると混乱してしまいますが、慣れてくると攻撃も防御も二択に持っていけるように精神を調整することができるようになってきます。
 
 ここで「ガードはいちいち反応して行うのでなく事前に入れっぱなし」の話に戻ります。そうです。立ち回り中というか、ゲームプレイ中の大半において「ガードは選択肢として一定時間継続的に行う」ものなのです。上手な人ほど選択肢を絞って単純な行動を自動化するようにしているのですね。大半の人は無意識にやっているこれを言語化しなければ理解できないほどに私が初心者だったということですが、そのおかげで本質がおぼろげに姿を見えてきました。
 
 どうやら人間の反射速度がゲーム内容を規定しているようだ
 人間は行動を自動化することで選択肢を少なくしゲームを成立させているようだ
 そう感じられてきますね。
 
 格ゲーでよく言われるのは「じゃんけん」です。ガード、差し替えし、飛び、投げ……など「人間の反応速度に限界がある」からこそ複数行動を競技者が同時に選び合っていることを喩えています。強さに幅があり、状況によって変化するじゃんけん……それが本質なのでしょうか?
 
 もう少し、詰めて考えてみます。この記事『人工知能、今度は「格闘ゲーム」で人間を上回る』が参考になるかもしれません。記事を読む限り、反応速度について考慮されていません! この研究において本当は考慮されていたのかもしれませんが、反応速度を考慮しない場合、つまり、ボードゲームのように格ゲーを分解したら、何が起こるのかを考えてみる機会は与えてくれます。
 
 先程、格ゲーをじゃんけんに喩える人々がいると書いたわけですが、もしボードゲーム化したなら、この様相は一変します。幸い、格ゲーは技のフレームもヒットボックスも公開されています(意味のわからない方は検索してください)。入力意思決定が1フレームで可能ならば、接近してリーチのある3フレーム程度の小技を振り、それをガードするだけのゲームになります。これはちょっとゲームではないですね。
 
 では、実際のプレイ感覚に近づけるため、3フレームで成立する無敵技と当て身投げ技が存在するとしましょう。その場合であればAIでもじゃんけんが成立します。与えるダメージと行動の勝敗から最適解の決定はゲーム理論の出番になるでしょう。かなり格ゲーっぽいものになってきました。
 
 これで言われている通り、じゃんけんがゲーム部分の本質であることがかなりはっきりしてきました。実際のゲームのフレーム構成も例示の反応速度を考慮していることがわかります。そして、じゃんけんという運でなく、勝ち続けるために、格ゲープレイヤーは反応速度を他人よりも早めなくてはいけない、ように思えてきます。
 
 さて結論が見えてきたものの、私にはそれでいい……とは思えません。本質、つまり格ゲーの楽しさという話になったとき「何でもできる」ことを捨てたくはないからです。格ゲーはキャラクターが自由に戦闘しているように思えることにより無限の面白さが湧き出てくると信じていますし、ゲームがただ反応速度の限界に挑戦するものだとは思いたくない。プロゲーマーのスーパープレイは反応速度でなく、自由度を追求した先にある、と個人的には思いたいのです。
 
 とはいえ、事実を無視して理想を語るわけにはいきません。
 
 悩んだ末に、考えるべきはむしろ画面表現とじゃんけん以外のゲーム性にこそだった、というのがその先の話で、そこから、私なりの結論は人間賛歌! ということになるのですが、長くなるので、待て次回!