正確にドラマの背景を読み取る

 多くの異論はあるでしょうが、小説はやはり基本的にはドラマを語ることに重きをおいています。ごく個人的なことを書くにしても、背後にあるのはキャラクターたちが舞台で躍動するドラマ性です。
 ナボコフが文学講義において生徒たちに課題としたのは、ドラマの背景の読み解きでした。背景、すなわち舞台です。例えば、我々はよく知られている文学作品において、意外なほどに登場人物の関係性を記憶していません! 「『吾輩は猫である』のキャラクター配置」や「『走れメロス』でメロスは友とどのくらいの期間会っていなかったか?」をスラスラ言える人は読後すぐだったとしてもそれほど多くないはずです。
 よく国語のテストにおいて非難される「作者の気持ちを答えなさい」ですが、これを「キャラクターの気持ちを答えなさい」にするだけで、フェアな設問になるばかりか、普段、我々がどれほどきちんと小説を読んでいないかがわかります。正当はほぼ文中に書いてあります。全体のストーリーや作者の意図、あるいは世間での読み方がどうあれ、キャラクターや舞台については書いてあることがすべてです。そして、それを正確に読んでいなければ、「作者の意図」には近づけません。
 もし最初から「作者の意図」から入ってしまった場合、『セメント樽の中の手紙』のようなことになってしまいます。この作品は搾取される労働者の苦しみを描いた作品で、作者の意図もそうとしか言いようがないのですが、だからこそ細部を読まないと意味がありません。手紙を読んだ側である主人公の生活と心情についてのディテールを飛ばしてしまうと、作者の意図しか残らなくなり、無味乾燥で、現代からすれば突っ込みどころしかない作品になってしまうのです。
 それに、小説を「好き」になるのは、この細部のディテールを好きになるからでしょう。文体や雰囲気以前に、何が書いてあるのか、を読み取っていくことが、自分の好きなものを発見できる第一歩になるのです。
 次回は、「では明確なストーリーのない小説はどう読むか?」です。