来年の予想と炎上忌避の空気

今年の業界動向

 先の日記でも少しだけ書きましたが、昨今ではポリコレやフェミニズムを軸とした表現規制論が盛んになっています。パワハラの告発にも代表される権力勾配の暴力性についても周知されることとなってきました。それらがもたらすキャンセルカルチャーの是非も新鮮な話題です。

 少し先回りをして、炎上への強い忌避が生まれた年だった、とここではまとめてしまいましょう。

 砕けた言葉で表現すれば「パワハラするようなヤツはパージされて当然」なので「普段からジェントルでない人とは仕事をしたくない」し、「人種やジェンダーの平等には賛成だけどキャンセルカルチャーには同意できない」から「過激に平等運動している人と同じコミュニティにいると思われたくない」けれど「過激化した平等運動家を表立って嘲笑する人とも距離を置きたい」という気分、となるでしょうか。

 

来年は政治の季節?

 とはいえ炎上を含む論争であっても利害関係かからむ以上、なされないわけにはいきません。有名漫画家の立候補もあり、来年は政治の季節になるかもしれません。

 政治の季節で忘れてはいけないのは、のめり込むとその後の人生をすべて失う、ということです。炎上への忌避も大半の人がそれを知っているからに他なりません。過激化した運動家の主張や行動を見ているだけで、それが一般のコミュニティにいられない人であることはすぐにわかる、というのも理由でしょう。運動家はもはや陰謀論者と見分けがつきません。

 覚悟して政治闘争をしている人が最警戒されているのは当然として、政治分野について触れがちな人や、異性についての言及がおかしい人、他人の作品を批評しがちな人、はては単なる「イタイ人」さえも要注意としてマークされ、いざ炎上したならばパージできる空気がコミュニティ内に醸成されているのを感じます。

 

敬遠される人にならないために

 「イタイ人」にならないことを意識するのは難しいとしても、発言に気をつけなければいけない時代になったのは確実でしょう。政治や言論が我々にとってぐっと身近なものになってしまったからです。

 人格をネット上に公開している人はすべて「まだ売れていない芸能人」なのだ、という比喩がぴったりくるでしょうか。有名人が妙なことを書いて炎上すると“我々無名の一般人は別だが、あなたのような影響力がある人がやってはいけない”という論調が目立ちましたが、ハンドルネームが家族や会社に知られているなら、彼らからすれば“あなたのような影響力がある人”なのです。

 

知人が敬遠される人になる可能性は高い

 しかし、どれだけ気をつけていても、誰もが「イタイ人」になってしまう可能性は昨今、ぐっと増えてしまいました。「過激な政治闘争に走ってしまい関係が壊れた人」という大昔の革命戦士の逸話のようなことから、「アマチュアの活動にプロがエアリプで説教してしまう」という卑近なことまで、あなたや私にふりかかるかもしれない。

 家族や仕事仲間が炎上しそうな言動を繰り返しているときの空気感は、信頼していた人が宗教や陰謀論にはまってしまった不安と恐怖に似ています。一時の気の迷いや冗談ならいいのだけれど、このままそれが続くならば周囲から白眼視されることは確実。おかしなところを指摘して自分が普段とはズレていたと気づいてもらえれば良いけれど、多くの場合向こうが腹を立ててしまい溝が深まるばかり……。そんな嫌な気持ちです。

 

炎上忌避が行きすぎないと良いけれど

 やはり「炎上した人間をパージする空気」が不健全なのでしょう。誰もがそうなる可能性が高いのだから、関係性がギスギスするだけの風潮です。隣人が炎上しそうな言動を繰り返すようになってしまったときの説得テクニックは研究されるべきでしょうし、家族やコミュニティは言動で失敗した人間を上手に許す姿勢を持たなければならないのでしょう。一時の熱狂でおかしくなっていた人がすべてを失うことを繰り返してはいけないのですから。

 

それでも闘争はやってくる

 一時の熱狂でなくとも、必要に迫られて政治闘争をしなければならない未来になってしまう可能性が高い、というのも悩ましいですね。表現規制問題はエンタメ業界には死活問題で、理不尽な要求は突っぱねなければならない。その過程で闘争を担ってしまった人は味方から「パージ候補」と見なされてしまう。もちろん過激になってしまったらそれもやむなし、ということになりますので、戦う人もいろいろ自覚は必要になってくるはずです。

 では何を自覚したら良いのか?

 私は昔からいわゆるゼロ年代批評に端を発するエンタメ業界の批評界隈をファンとして眺めていました。そこで批評界隈に毒されたばかりに狭い閉鎖世界に行ってしまった人を何人も見てきました。批評界隈でのそのような失敗は、昨今の風潮を先取りしていたとも言えるでしょう。ですからそこから学んだ失敗の本質を示しておくことで、戦わない我々のために闘争してくれる人々への餞にしたいと思います。

  1.  批評家の多くが政治に意見することを闘争への参加だと認識していませんでした。反対者から攻撃されても気づいておらず、きまぐれな群衆が気分で叩いているだけという論陣を張りました。それを繰り返していけません。そして現在の表現規制議論への参加は明確に政治闘争なのです。
  2.  批評家は批評や分析が暴力であることに気づいていませんでした。作品の批評を行う際、ファンの内心を勝手に分析し、多くの場合「現実で叶えられなかった欲望の歪んだ発露である」としました。たとえ褒めるだけの作品批評であってもそれが作者当人への暴力になっているのだという認識を持たなくてはなりません。
  3.  批評家は大衆が賢いことを認めませんでした。大衆が叩いた作品を擁護する論陣を張る際、公然と「多くの日本人はこんなこともわからない」と言い切りました。そこまで直接的でなくとも批評家が新たな視点として述べたことはすでに多くの人が論じ終えていたことでした。他人が知っていることを改めて指摘することは他者の知性や経験を侮っている証拠です。大方の人がおかしいと思っている論者を晒し上げるのも同様です。
  4.  批評家はすべてに自らの納得を優先しました。批評対象を理解しようとすることを歩み寄りであると誤認しており、その理解すら自分の尺度で認識できることに対象を押し込めるものにすぎなかったのです。政敵の主張を理解しようとすることが自らの納得感を優先しているだけでないかは振り返ってみる必要があります。

来年は良い年だといいね

 そんな感じで今年の総括と来年への展望を締めくくりたいと思います。

 繰り返しますが、現時点で「政治論争にいっちょかみして敵陣営を誹謗している人」は、それが闘争だと自覚していないという意味で語源通りのボンクラ(賭場の流れが見えていない)ですし、「異性や性的なことに対する視線がおかしい人」や「体制側にまわってしまったことを自覚せず批判がパワハラになってしまう人」を擁護することはもはや無理です。身近な人や所属コミュニティにいられなくなるような行いは慎みたいです。

 来年は闘争が穏やかに決着し、炎上忌避の空気も和らぐと良いですね。

久々の近況と今年の総括

 日記の間が空いてしまいました。空白期間前半はコロナで外出していなかったため書くべきこともなく、後半はひたすらに小説を読み、書くことに集中しておりました。成果物について公開の予定がないのが残念ですが、修行と位置づけておりましたので今年は大きな成長ができたと言っても良いような気はしています。

 コロナの脅威が小康状態になってからは釣りに行きまくっており、これまた日記に書くことではないため、まごまごしているうちに今年を総括する時期に至ってしまったという具合です。

 仕事についても現時点で報告するようなことはなく、書きかけの小説をどうしたものか考えている程度です。来年にはご報告できることもあるかと思うので、そちらをお楽しみに。

 個人的には上記の通りの年だったのですが、小説、エンタメ業界を概観すれば、かなりの激動だったと思います。個々の事件をあげつらうことになるのを避けるために、はっきりとは示しませんが、映画業界におけるパワハラ、映画雑誌における不祥事とその対応のまずさ、サブカル楽家の過去記事の炎上、SF雑誌における内輪企画への批判とその応答、TIKTOKでの小説紹介への既存書評家による攻撃、等々。

 これらの事件は世代間の対立にも見えますが、つぶさに観察すれば、小集団におけるルールがより大きなルールとぶつかったのだろうと推察できます。小集団はこれまで世間から隔絶されることを目的として集団化したようなものなので、そのルールは当然世間に通用するものではないのですが、時が過ぎ小集団内の構成員が現在の自らの立ち位置を見誤ったことで炎上が起こったのでしょう。自分も立ち位置を見誤るような年齢になってきており、時代の変化について考えなければならない、と締めくくっておきます。

 年末か来年にはまたなにか書くかと思います。その際はよろしく。

新刊『異界心理士の正気度と意見 ―いかにして邪神を遠ざけ敬うべきか―』

 今回は新刊の案内です! 四月一日に『異界心理士の正気度と意見 ―いかにして邪神を遠ざけ敬うべきか―』が発売となります!

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見本誌の表紙です!

 あえて公開されている宣伝文と違う紹介をするならば、「本格クトゥルフ怪異譚にして、恐怖と爽快さとブラック・コメディまで楽しめる連作短編」となるでしょう。オカルト、怪談大好きなヒロインと、謎の男との関係性を軸に、様々な怪異、怪人が登場する冒険譚。ここでは“本作を読むべき理由”と題して作者本人の考える魅力を列挙していこうと思います!

 

1 現実に侵食する

 舞台が鎌倉、江ノ島周辺。江ノ島クトゥルフが上陸し、周辺が立入禁止となった世界なのです。実際に現地に行ってモデルとなった場所を確かめることが可能です! 時代感もまさしく現代。コロナ前ではあるものの、ネットでのゴシップに詳しい人なら「あれ? これってもしかして……」と思い当たるところもあるはず。現実を少し違う視点から見てみましょう!

 

2 美麗で爽やかなイラスト

 イラストは黒井ススム先生。キャラクターから怪異までも美麗に表現されたイラストです! 本文はこの時代ですのでほぼ全文がネットで公開されておりますが、イラストを楽しめるのは購入者だけです!

 

3 TRPGシナリオに転用可能

 各話の分量は、短編から中編というところ。それぞれ一話で事件はきちんと一区切りがつきます。ということは、TRPGの一シナリオに最適な長さとなっております。解説では短いながらも全話についてTRPGシナリオにアレンジする際のアドバイスを記載。クトゥルフ系に限らず、現代怪奇系のシステムなら何にでも転用できます。プレイヤーの方はプレイしてから読もう!

 

4 ネット小説の新機軸

 先にも書きましたが、内容は全文がすでにネットで公開されています。もちろん書籍版は修正が多々入っておりますので読み味は違うものと思いますが、基本部分は変更しないように努めております。ですからすでにお読みの方はシリーズが継続するためにご購入くだされば幸いです。時事の風物を盛り込んだ展開は、短期間で展開できるネット小説ならではの面白さであり、それを今後とも皆様とともに楽しむことができるようお願い申し上げます。コロナで見えてきたパニックを活かすことも構想していますし、芸能人に深きものどももいるとここ一年で判明してきましたし!

 

というわけで、ネット小説を知らない方は即座に買ってもらうも良し。

 

www.hobbyjapan.co.jp

 

ネット小説として掲載分をノベルアップ+で読んで確かめてから買うも良し。

novelup.plus

という、とにかく楽しめる小説となっております。よろしく!

『いちばんうしろの大魔王』について質問をもらいました

 今回は自慢をさせていただきたく。昨今、自分でも怪しいと思っているのですが、私、小説家をしております。しかもキャリアは長め。そうなると過去作も積み重なっていくわけですが、娯楽小説など古いものはバンバン忘れられることが多い昨今、それらが振り返られることは極端に少なかったりします。

I would like to boast in this diary. I don't know if I'm a novelist lately, but I have a long career. I wrote a lot of works in the past. The world never looks back on the past, old novels are neglected.

 

 そんな中、嬉しいことがありました。何年も前に完結した『いちばんうしろの大魔王』について海外の読者よりTwitterでご質問いただけたのです! 機械翻訳の英語を載せているのもそのためです。

Nevertheless, there was to be happy. I was asked by an overseas reader on Twitter about "Demon King Daimao," which was completed many years ago. That is why the English machine translation is posted.

 

 『いちばんうしろの大魔王』は後半、主人公が概念と戦うようになり、最終巻は前衛小説になるのですが、当然ながら発表時には評判が悪く、体調を崩したことにより最終巻まで間が空いたため、さらに反応が少なくなってしまいました。

In the latter half of "Demon King Daimao", the main character began to fight the consciousness, and the final volume was an avant-garde novel, but of course it was not well received at the time of publication. My physical condition got worse and it took a long time to publish, so the reaction was even worse.

 

 ライトノベルで無茶をするという目標は当初からのものだったものの、まるで理解されなかったことは精神に来るものがありました。それが遥かトルコからの読者によって報われたことに喜んでいます。

Although the goal of the reckless light novel was meant from the beginning, it was a shock that has not been like understanding to the world. I am pleased that it has been rewarded by readers far from Turkey.

 

 以下に質問と回答を掲載します。興味が湧いた方は電子版で最終巻だけでもお読みください。なお英語で出版されたことはないはずなので、どうやって読んだのかは聞かないことにします。

Below are the questions and answers. If you are interested, please read the final volume in the electronic version. It shouldn't have been published in English, so I won't ask him how he read it.

 

Q:in english:My question is this. I'd really appreciate it if you could answer them.

1. In the novel, Archetype Extra Universe God, there is a sentence for Extra God, "They were humanoid and countless in number." When you say countless, do you mean infinite number?

2. Law Of Idenity, see the void body as a fiction? In other words,for law of identity Is there a level of transcendence for what Law Of Identity created with Akuto.(Additionally does Law of identity have a transcendence over on Void Body Akuto)

A:Thank you for your question.

1:It's a mess caused by translation. countless ≠ infinite. means many.

2:void body can only exist at the beginning of the universe. It's an entity that is only needed for a moment to create universe.

 

Q:1.Law Of Identity was very cruel to Hiroshi, I think, I was very upset that the left Hiroshi alone, will Hiroshi not see them again forever?

2.Why is there time in the afterlife which is stated to be infinite dimension? I know that an infinite dimensional place lacks space-time. Or isn't Afterlife infinite dimension?

A:1:Hiroshi will write about them in another universe.

It is also the origin of the universe.

That is a reunion for him.

2:Human consciousness time begins when we recognize others.
Afterlife is mainly in reader's consciousness.

 

 他にも質問と回答はあるのですが、ここまで。どんな内容か一端が見えて興味を持っていただけたら幸い。なおブログ掲載には、ご本人より許可はいただいております。英語の間違いは笑って見逃してください。

I have other questions and answers, but I will post only these. I hope you can see what it is and be interested in it. I have permission from him to post on my blog.

 

いちばんうしろの大魔王ACT13 (HJ文庫)

いちばんうしろの大魔王ACT13 (HJ文庫)

 

 

Jアノンの現在地

 現在進行形の陰謀論として「日本におけるトランプ支持者たちが噂話をどうとらえたか」を追うことからはじまった一連の日記ですが、Qアノンの日本版、Jアノンと呼ばれる現象の現在地を記してひとまず終了しようかと思います。

 なお本文は個人や団体、陰謀論そのものを揶揄することが目的ではありませんが、筆者は陰謀論に懐疑的な立場であることを断っておきます。故に削除、訂正には応じます。登場される方々の敬称は略させていただきます。

 

予備知識

 Qアノンとは米国の匿名掲示板への投稿から始まったムーブメントで「米民主党系の政治家やユダヤ系の銀行家、リベラル系文化人の多くが秘密結社(ディープステート)のメンバーであり、それと対決するために市民たちに結集を呼びかける」というものです。2017年10月に『4chan』という米国の匿名画像掲示板に出没した“Q”が「自分は政府の機密組織にアクセスできるメンバーである」として上記の主張を行い始めました。

 4chanはよくある解説では2ちゃんねるとの関連を謳われますが、精神的には日本の『ふたばちゃんねる』(アドレスは2chan)の直系です。その特殊な精神性はQアノン運動にも強い影響を与えていると考えられるのですが、それは別項が必要になるので、ここではおいておきます。米国ではその後、各種掲示板にQが出現し、匿名ながら信憑性を伺わせる書き込みで強い影響力を発揮するようになりました。Qはトランプを対ディープステートの大統領であるとしており、トランプ自身がQアノン関連の投稿をSNSで拡散したことでムーブメントはますます信憑性を高めます。

 しかし、そのムーブメントはトランプ敗戦となった選挙後に、彼らの想定する『嵐』(ディープステート関係者の大量逮捕を示す)に繋がる予言が現実には行われなかったことで急速にしぼんでしまったことは1月11日にまとめた通りです。

 

日本における初期Qアノン

 日本において最初にQアノンを名乗ったのは、おそらく『QArmyJapan』(後に改称し『QArmyJapanFlynn』)でしょう。元国家安全保障問題担当大統領補佐官を勤めたマイケル・フリンより日本においてQアノン活動を公認されているとし、ホワイトハウスやQアノン系著名人のTwitterもフォローしていました。日本では雑誌『フライデー』に次のように紹介されています。

friday.kodansha.co.jp

 しかし、この集団は「反安倍政権、反創価学会、反ワクチン、反5G、反集団ストーカー、反税金、ゲマトリア等数字語呂合わせの使用、反対者の工作員認定」などカルト的主張のほぼすべてを網羅し、内容が定かでない内部分裂の後、関係者のTwitterのほとんどが凍結されるという事態を迎えます。凍結の原因は米国におけるQアノンたちとの交流が理由でしょうから、彼らこそ日本における本物のQアノンだったと言えるでしょう。最初にして最も過激だったというわけです。

 

右派論壇のYouTubeチャンネル

 一方、そこまで過激でないもののJアノン運動に参加する人々はYouTubeを情報源として、それらをTwitterで拡散することで活動しています。各地でデモも行われており、その様子は記事になっています。

www.dailyshincho.jp

 この記事でも大筋はわかるのですが、彼らが見ているYouTubeを紹介することで、さらに深く見ていくことにします。まずはデモ主催者側に近い右派文化人のYouTubeチャンネルから見ていきましょう。

 軍事系のジャーナリスト“水間条項”、“篠原常一郎”。デモでも演説を行った幸福の科学の“及川幸久”。右派論壇誌『WiLL』執筆者からは“馬渕睦夫”、“深田萌絵”。いわゆるN国(旧NHKから国民を守る党)系から“くつざわ亮治”、“石川新一郎”。デモの中核である統一教会サンクチュアリ協会に親しい“我那覇真子”。バックボーンは様々ですが、いわゆる右派論壇で活動している方々が中心です。衛星放送『チャンネル桜』や百田尚樹チャンネルへの出演者が多いことなども共通しています。これら古典的右派がJアノンを導いていることは間違いありません。が、それだけでない広がりがこの現象には存在します。

 

YouTuberのチャンネル

 続いて匿名のいわゆるYouTuberのチャンネルです。そのバックボーンは元ゲーム実況者からおそらく匿名の右派論壇関係者まで様々です。“闇のクマさん”、“BBニュース『時事.政治.国際問題』”“kapaa!知恵袋”、“妙佛 DEEP MAX”、“なんでもニュース女子”、“光の地球連邦ニュース”などがTwitterでよく参照されています。
 アップされている動画は、いずれも百万再生まではいかないものの数十万再生はされており、見ている層の人数が伺えます。「確実な情報があって勉強になる」などと熱狂的な反応が見られるのが特徴です。

 

チャンネルの共通ソース

 ところがそれらのチャンネルにおいて、その主張はかなり似通っています。日本国内で一次情報が生まれない以上、話題のほとんどが米国からの輸入になるためです。トランプの側近とされる弁護士“リン・ウッド”(日本ではリンウッド表記多数)やQの中枢にアクセスできると主張している英国人“サイモン・パークス”などからの情報が大半です。Qアノンの主張がそのまま反映されていると言っていいでしょう。

 もうひとつの情報源は反中国共産党のメディア『大紀元』です。米国に拠点があり、トランプ支持で有名で、その主張もかなり反映されているようです。前掲の記事に「デモにおいて比率は変わるものの中華色がある」とされているのはこのためでしょう。特に“張陽”、“鳴霞”が中華系の二大巨頭で、右派文化人からYouTuberまでこの二名の発言をかなり参照しているようです。

 

ソースの中身は

 彼らが参照している一次情報を見てみましょう。それはリン・ウッドが真正のものだから見るべきと主張した動画(YouTubeからは削除されている)『Q - The Plan to Save the World by JOE M』から確認できます。

「世界は銀行システムが設立した時点で、犯罪傾向を持つ秘密結社にシステムごと乗っ取られました。それこそディープステート、あるいはカバールと呼ばれる集団です。過去、米国政府内からそれに反対する動きもありました。ケネディレーガンです。彼らが暗殺、暗殺未遂と狙われたのはそのためです。現在カバールに抵抗するのはNSAアメリカ国家安全保障局)で、トランプを大統領をトップに作戦を進めています。その作戦は『嵐』と呼称されます。カバールの大量逮捕です。カバールの傘下にいるのは北朝鮮、IS、議員や有名人など多数で、彼らの逮捕により人類が解放される『偉大なる覚醒』がはじまるのです」

 これがQアノン思想の中核です。

 現実的でなく、矛盾もしている話ですが、一見するとしっかりしている右派文化人のYouTubeでも、この説は否定されていません。さらに同一ソースからでてきた不正選挙、ローマ教皇逮捕などという説も肯定されており、いわゆるJアノンは所属集団は違えど、統一された陰謀論で動いていることがわかります。

 

情報をさらに掘る

 では、彼らが統一ソースとしている人々の主張の細部を見てみましょう。

 多く引用されるサイモン・パークスは、「自分は英国人でありながら、Qにアクセスできる数人のうちの一人だ。Qは四人の人物と量子コンピューターのユニットである」と主張しています。さらには「プロジェクト・ルッキンググラスという宇宙人の未来予知テクノロジーを使用した作戦がある」とまで言っています。

 この量子コンピュータという話は張陽も紹介しており、かなり信じられているようです。さらには通貨制度が量子コンピュータによる金融システムによって変貌するという説が真面目に語られています。“ホワイトハット”なる集団がそのプロジェクトを担っていたと主張し、本も出版しています。そのプロデューサーが“望月龍平”で、人工地震説や原爆投下の陰謀などを語っている古典的陰謀論に染まっている人物です。

 さらに怪しい人も登場します。石川新一郎、及びBBニュースはワシントンからメッセージを受け取ったとしていますが、この送り主が“ベンジャミン・フルフォード”(現在、古歩道ベンジャミン)であるようなのです。彼は本当に大量の陰謀論本を上梓している界隈の大物で、イルミナティ、ハルマゲドン、経済崩壊論などあらゆる陰謀論に顔を出す人物です。

 加えてQアノン情報の翻訳者に“佐野美代子”。スピリチュアル系の活動家で、引き寄せの法則を広めた『ザ・シークレット』を翻訳している大御所です。彼女はリン・ウッド、サイモン・パークスなどの翻訳はもちろん、「ディープステートの地下秘密基地を見た」と主張する元米海軍“ジーン・デコード”や前述のホワイトハットなどを紹介し、レプティリアン、光の銀河連合など先日の日記で紹介した現代スピリチュアルとQアノンの活動を関連付けています。

 Qアノンに連なる情報を掘っていくと、古典的陰謀論、現代スピリチュアルなどに行き着きました。これを日本だけの特殊事情と見るわけにはいきません。Qアノンの大本の主張に、すでに古典的陰謀論が入り込んでいるのです。

 

Jアノンとは

 ここまで見たきたことからわかる通り、情報を掘っていくと「Qが本当は存在しない」ということがわかります。最初の投稿こそ存在したかもしれませんが、それはある種の悪ふざけであったということなのでしょう。騒ぎになった後に表面化したのは、古典的陰謀論者に乗っ取られたQの姿でした。米国要人さえ信じてしまったのは、要人同士が互いにQであると疑ったためか、ムーブメントを自陣営に有利なように使おうとする動きゆえのことでしょう。さらに大本のQアノン自体が、反中国共産党大紀元を中心とする中国国外の民主化勢力によって利用されていることも影響しました。それらの動きが日本国内で結びついたのがJアノン。陰謀論の寄せ集めが反中国共産党で団結した姿です。

 

今後の展望

 今後の政治系陰謀論においてこのムーブメントが無視されるはずはなく、私のようなオカルト好きからのウォッチは終わることはないでしょう。しかし、その主張の中核部分の非現実性と古典的陰謀論者たちによる乗っ取りにより、このJアノン運動が長く続くはずはなく、右派論壇の人々は順次手を引いていくものと考えられます。

 記憶しておくべきなのは、米国大統領がこれをかなりの部分まで信じたであろうこと、そして信じていないにせよ、今後とも利用する気であることでしょう。さらに、陰謀論を切り離したとて、彼らが悪であると断じた「BLMに代表される過激派の暴力を容認し、人権や平等を謳いながら全体主義を称揚し、多数派への差別を行う左派」というイメージは、一般の人々の中に残り続けるということが重要です。

 これからの時代における政治対立は、「Jアノンが断じた悪は誰の中にもあり、それを政治がどう扱っていくのか?」に焦点があるように思います。陰謀論が一部のコアな人たちだけのものになったとて、その投げかけてくるものは誰もが考えなければならぬ問題のようです。

 

追記:文中“人物名”を検索すると該当人物のYouTubeTwitterなどへ行き着けます。

巨大宗教としての現代スピリチュアルと宇宙人

 『Dimitri Osmosovich』日本語表記だと『ディミトリ・オスモソヴィッチ』で検索するとわかるのですが、この自称ロシア連邦保安局のエージェントは、「プーチン政権がアヌンナキと軍事的に戦い続けている」という主旨の主張を続けています。もちろん荒唐無稽な説で、陰謀論としても意図がわかりにくいのですが、この「アヌンナキ=宇宙人が人類を知性化した」という基礎部分こそ昨今広まっているスピリチュアル的世界観の中核です。陰謀論とも近接しますので、まずはこの世界観の現在の立ち位置を確認したく思います。

 

アダムスキーの頃から

 おそらくUFOに乗ったと主張した人の始祖はアダムスキー型円盤で有名なジョージ・アダムスキーですが、彼はUFO宗教の先駆けでもありました。

 UFO宗教は大まかに言えば「実体を持ち精神体でもある高度な宇宙人が、やがて人間を完全平和に導く」という主張を持つ団体です。50年代から70年代に多く立ち上がりました。コンタクティーと呼ばれる人物が中心となり、その人物のみがテレパシーにより宇宙人からのメッセージを受け取ることにより維持されるという形態を多くとっています。

 アダムスキーの著作には宇宙意志との一体化や人類のテレパシー獲得による平和を訴える『宇宙哲学』なるものが記述されており、UFOや宇宙人を宗教化、スピリチュアル化するための重要点が最初期からすべて備えられていたことが伺えます。もっともアダムスキーはそれ以前に東洋趣味の宗教団体を設立したことがあり、その経験も生かされているに違いありませんが。

 アダムスキーの著作は全集化されており、その分量から“勉強する”必要がある雰囲気を放っている点も見逃せません。現在でも「UFOは信じられないがアダムスキーは素晴らしい思想を語っている」というレヴューが投稿されており、ある種の人々を惹き付ける完成度に驚かされます。

 これらUFO宗教は最近になって、その特色をそのままに、宗教としてでなく、スピリチュアル団体として乱立しています。2012年は後述する“アセンション”の年とされ、多くのスピリチュアル集団が色めき立ちました。これらの団体が主張していることがどれも似通っているというのが現代スピリチュアルの特徴であると言って良いでしょう。

 

デニケンが科学的雰囲気を付加する

 アダムスキーらが示唆した「古代に宇宙人が来訪し人間に知性や文明を与えた」という主張はエーリッヒ・フォン・デニケンによりメジャーとなりました。1968年の著作『未来の記憶』がベストセラーとなり、1969年には邦訳されています。

 この著作は科学的な匂いを持っていたのが特徴で、ピラミッドやストーンヘンジ、ナスカの地上絵などのオーパーツと呼ばれる遺物がいかに当時の技術で実現不可能であり、天文学的に正しい特徴を持っているかを並べ立て、古代人の神話がいかに宇宙人を連想させるかと誘導しました。現在ではほとんど論破されていますが、オーパーツについての噂話のほとんどはデニケンにより広められたと言えるでしょう。

 このアプローチが主にシュメール文明に対して向けられたものが、惑星ニビル、そしてアヌンナキ=宇宙人という説なのです。

 

アヌンナキ

 アヌンナキとは、ゼカリア・シッチンによる1976年の著作『The 12th planet』で唱えられた宇宙人で、シュメール語による神々の総称です。デニケンの主張を発展させ、世界の各種神話を「人類は宇宙人によって作られた奴隷である」というアプローチで繋いだものです。「かつて太陽系に存在したが失われてしまった惑星ニビルよりアヌンナキは地球にやってきて、人類に知恵を与えた。アヌンナキは爬虫類型であり、エデンにおける蛇や、各地の蛇神伝説がそれを示している。アヌンナキは善悪の立場に別れ、人類史の裏面で争いを続けている……」なるストーリーに集約されます。

 この直立した爬虫類型宇宙人というアイデアは、1982年に提唱されたディノサウロイドと1983年のドラマ『V(ビジター)』の人間の顔面の皮を剥ぐと爬虫類の顔が出現する、とのビジュアルにより鮮烈にイメージ化されて伝わり、一部のQアノン信者が主張している「ディープステートはレプティリアンに支配されている」「彼らは瞳孔が縦になるので見分けられる」などの言説に繋がります。

ja.wikipedia.org

www.youtube.com

 

スピリチュアルと宇宙人の融合

 近年になってUFO宗教を含む現代スピリチュアル団体が乱立したのは前述の通りですが、その特徴として団体間に奇妙な融合が見られることが挙げられるでしょう。彼らはそれぞれ、アルクトゥールスシリウス、ゼータ・レティクル、エササニ……と実在、またはオリジナルの無数の星々の宇宙人とコンタクトしていると主張していますが、互いにどちらが本物だ、と争い合うことはあまりありません。「宇宙人は高次元より語りかけており、低次元にある人間を次元上昇(アセンション)させることで幸福に導く。次元上昇できない悪の宇宙人もおり、彼らは人類に干渉してくる。宇宙人の血は古代より人間に流れ込んでおり、善悪どちらの血に従うか選ばなければならない」という世界観を共通して持つようになっているのです。

 これは信奉者、というかユーザーが被っており、彼らが情報を共有しているため、そして、何より教祖たるコンタクティーたちが旧来の書籍やセミナーという手段にとどまらず、You Tubeによる動画配信も行うようになったためでしょう。ユーザーの期待に応えることで世界観が似通ってきてしまったということになります。

 高次元存在(神、心霊、疑似科学としての宇宙論)波動エネルギー(パワー・ストーン、パワー・スポット、ヒーリング)、古代の血(生まれ変わり、レムリアやムー)、善悪の戦い(ライトワーカー、天使・悪魔、龍と蛇)、などのように各種スピリチュアルはUFO宗教の下に統合可能となっているのです。

 宗教研究で使われる用語に“シンクレティズム”というものがあります。異なる宗教が特定の土地で融合してしまうことを指しています。日本では神道と仏教の神仏習合などが知られていますが、現代スピリチュアルはこのシンクレティズムを起こしていると見るべきでしょう。「前世がアトランティスレプティリアン系のアヌンナキと戦っていましたね。大きなエネルギーの持ち主なのがオーラからもわかります。クリスタルを身につけるといいでしょう」などと言うスピリチュアル系の霊能者は珍しくありません。

 なお前述のアヌンナキなどはレベルの低い悪の宇宙人の代表として固定されるようになりました。一時期一斉を風靡したグレイタイプなどはさらにひどく、どの説においても悪の使い走りのポジションとなっています。

 

つまみ食い宗教の誕生

 驚くべきはユーザーの順応性でしょう。この複雑なシンクレティズムにより、団体やコンタクティー、霊能者ごとに微妙に主張(教義)は異なるものとなっているのですが、スピリチュアル系ブログや書籍の感想等を見る限り、かなりのユーザーが独自に複数の主催(教祖)の主張を消化、吸収し、納得できるものだけをピックアップする形で世界を展開しています。政治陰謀論として理解する人もいれば、前世占いのように理解している人、ヒーリングや心霊主義のみ取り出している人、旧来の宗教における瞑想修行に結びつけている人など様々です。

 これは“信者は統合されていないが共通の世界観を持っている宗教”とでも呼ぶべき現象でしょう。これを民間信仰とすれば、かなりの数の国に信者が存在することになる一大勢力です。体系化されながら、まだ名付けられていない巨大宗教がそこにはあります。

 

Qアノンも侵食しているが……?

 この信仰は前述した統合しやすさとユーザーの順応性により、スルリと現代陰謀論の中核にも滑り込んでいます。Qアノンは本来、反ユダヤ主義ですし、多くのQアノン信奉者たちがそうであるように政治的陰謀論が中心なのですが、入り込んでくるスピリチュアル系を排除しきれてはいないようです。

 しかし、現在Qアノンの日本版Jアノンとも呼ばれる非スピリチュアル系陰謀論者は、明確に違うルーツを持ち、一大勢力を形成しています。それについてはまた別に書く必要がありそうですので、今回はここまでにします。

叶えられた陰謀論

 米国の状況のせいで陰謀論もにわかに注目を集めるようになってきました。しかし、流布している噂や陰謀論者の主張を頭ごなしに嘘と決めつける論調も多く、それが社会の分断を招くことにもなっています。陰謀論で難しいのは事実とデマを見分けることです。それを知るために、後の報道によって事実の確度が高いとされた事件を見ていきましょう。言うなれば、それは「叶えられた陰謀論」。すなわち、噂レベルだったものが後に事実だったと判明した事件や、陰謀論に典型的な性質を持っているのに事実だった事件などです。

 

北朝鮮による拉致

 若い人たちには意外かもしれませんが、七十年代から八十年代初頭、北朝鮮による拉致は都市伝説として語られることの方が多かったのです。サーカスや見世物小屋の人さらいと同じカテゴリーに入っていたと言っても若い人にはさらにわからないでしょうが、政府が調査、把握していなかったことや、ニュースで報道されなかったことで、拉致の情報が口コミを主として広まったため、真実とそれによく似たデマが判別できない状態になっていたのです。

 今では当時に広まった嘘のような話が事実だったことがわかっています。「日本海の海岸に独りでいると海から上がってきた男たちにさらわれる」や「夜に日本海側を歩いているときは金槌で石を叩く音に注意しろ。それは拉致対象の人数を伝える手段だ。林の中に逃げ込めば相手は追ってこれない」などの噂がありました。

 さらに一部政治家やメディアが拉致を確信できるまではそれを肯定しなかったことも九十年代後半まで拉致事件が都市伝説扱いだったことに拍車をかけました。後述するミトロヒン文書とも関わってくる問題です。

 

金大中事件

 1973年の事件です。当時の独裁政権であった朴正煕政権に対抗する民主化運動の活動家であった金大中諜報機関であるKCIAにより日本国内で拉致されたもので、暗殺未遂事件であったことが後にわかっています。

 事件そのものはすぐに国内でも報道されたので都市伝説ではありませんが、特筆すべきは事件の詳細がいまだに正式な文書としては公開されていないことでしょう。これは事件直後から日本と韓国の間で政治決着が図られたためで、この幕引きのために裏金が流れたという証言も含め、まさしく陰謀そのものであったと言えるでしょう。

 登場人物もKCIAをはじめ、一般には秘密とされる自衛隊諜報機関、日本の暴力団、さらには意外な出版社の社長まで出てくるワクワクするものです。本当にあった陰謀としては出色の事件だと思います。

 

ミトロヒン文書

 これは1992年にミトロヒンによって持ち出された旧ソビエトの工作活動を記した文書です。量が膨大であったため2000年代初頭にかけて公表されました。

 注目すべきは日本の主要新聞社のすべてにソ連諜報機関KGBに協力する者がいたことです。文書公開以前にレフチェンコというKGB職員が亡命、日本国内での活動について証言したこととも一致しているため、事実と考えて良いでしょう。もちろん政治家にも工作は行われており、ソ連に友好的な反応を引き出そうとしています。

 この一連の事実は「政治家やマスコミに他国から工作を受けている者がいる」ことを示しています。北朝鮮による拉致事件を否定していた政治家が存在したことも裏付けにはなるでしょう。現在でも北朝鮮や韓国、中国からの工作は噂され、様々な新聞社や政治家が疑われています。

 

バチカン銀行

 ヨハネ・パウロ一世の暗殺と、それに伴う一連の疑惑です。ローマ教皇庁資金管理団体の通称をバチカン銀行と言い、イタリアの銀行やマフィア、さらには極右秘密結社との癒着が噂されていました。ヨハネ・パウロ一世は、就任後まもなく資金流れの透明化に着手しますが、その改革着手直後に暗殺されてしまいます。

 マフィアと癒着した大司教、秘密結社と関係のある銀行家などが主犯とされましたが、マルチンスク大司教は国外逃亡、ロベルト・カルヴィは暗殺と不透明な決着に終わります。秘密結社『ロッジP2』はフリーメイソン系の出自でありながら政治結社化し、フリーメイソンからは破門されていますが、その後も武器輸出や各種テロに関わり続け、イタリア当局より摘発され大スキャンダルとなるものの、逮捕されなかったメンバーたちは何事もなく活動を続けました。代表的な人物にはイタリア首相にまでなったベルルスコーニがいます。

 

なぜこれらを事実とするのか

 陰謀論は情報源が定かでなく、推論と事実が混ざっていることが特徴です。主要メディアで報じられないというのも大きなポイントでしょう。ミトロヒン文書のように主要メディアへの不信がつのるような事実もありますが、メディアすべてを支配することが不可能と考えられる以上、主要メディアへの全面的な不信は持たない方が良いはずです。

 ここであげた事件を事実としているのは、情報の出どころが一箇所でないこと、また複数の筋から集めた情報が同じ事象を指し示すことからです。ひとつの事件内でも、明確な事実と推論が分離している、というのも事実だと信じるに足る証拠と考えます。もちろん事件後すぐに報じられたというわけではありませんが、多数メディアで報じられ、書籍も複数が出版されています。

 

これらによりわかること

 これら事実になった陰謀よりわかることは、陰謀論を否定する人にとっては「荒唐無稽に感じられってもある程度は事実になる陰謀もある」ことですが、何より大事なのは現在、陰謀論を信じてしまっている人、あるいは『Qアノン』のことを信じていたが裏切られてしまった人に向けての教訓でしょう。それは「たとえあなたの信じている陰謀が本当だったとしても、社会は別にひっくり返ったりしない」ということです。

 北朝鮮の拉致が真実だったと明かされたことにより、拉致被害者のご家族への支援は広く行われるようになりましたが、拉致を否定してきた政治家やメディアはそれを反省することはありませんでした。ソ連の工作を受けた記者や政治家についても同様です。金大中事件やロッジP2事件はまさしく陰謀そのものという件でありながら、その影響は期待よりは大規模なものではありませんでした。

 つまり、信じている陰謀論が本当だったとしても、誰も反省しないし、世界のパラダイムが変化することもない、ましてやそれを唱えている人の生活には少しも影響することはない、ということなのです。

 これは正義感に駆られる一市民である我々には大変につらいことであるかもしれません。しかし、世界がひっくり返ったりはしないからこそ暮らしていけるという側面は確実にあります。陰謀を信じて裏切られたとき、帰るべき生活があるのはありがたいことでしょう。だからこそ陰謀について考えるときと生活のときで思考を切り分け、それが互いに侵食することのないようにしていくべきではないでしょうか。

 他にも事実だった陰謀や、確証のない陰謀論はいくつもあります。MKウルトラ、スノーデン文書、エプスタイン逮捕、中国製携帯電話によるハッキング……いずれもある一面では事実であり、ある一面ではデタラメ、あるいは推論にすぎないでしょう。情報を集めつつ、半信半疑で楽しむ。国際的な諜報運動に巻き込まれていない一般人としては、そのような態度で噂話を楽しむ態度が求められているのかもしれません。